迷いのない投票

 

幼い頃の私はいわゆる おばあちゃん子 だった。

仕事でいつも忙しくしていた父と母に代わって、私にたくさんのことを教えてくれたのはいつもだいたいおばあちゃんだった。

おばあちゃんの部屋の壁には、囲み枠にそれぞれの国旗が描かれた世界地図がはりつけてあって、地図を見ながら国旗のデザインも知ることができた。

「私たちはこの地図のどこにいるの?」と聞くと、日本の東京を指さして

「ここだよ。そして日本の国旗はこれね。」と教えてくれた。

私たちのいる日本がとても小さな国だと知った。そして日本の国旗が、その頃の私にはとても地味だなという印象しかなかった。

世界地図と国旗を見比べながらおばあちゃんとおしゃべりするのはとても楽しくて

一度、どこの国の旗がいちばんキレイだと思うか聞いてみたことがあった。

私だったらこの色鮮やかな世界の国旗の中からどれがいちばんかな~なんてフワフワした気持ちで軽く聞いてみただけのつもり、そしておばあちゃんもいちばんきれいな1つを選ぶことに迷ってしまうんじゃないかな~と。

しかし、迷いなく私にこう言った。今でもよく覚えている。

「日本の日の丸がいちばん美しい。こんなにきれいな国旗は他にはないの。」

その時の私は、おばあちゃんがこんな風にきっぱりと言い切った意味がさっぱりわからなかった。

 

 

それから年月が経ち、成人した私は選挙権を手に入れた。

両親とも、選挙があれば必ず投票に行くのが当たり前だと言うので、私もその当たり前を果たすためだけに投票所には皆勤賞、しかし投票用紙を受け取ったところで誰の名前を書いたらいいのか迷いに迷い、適当に名簿から選んだ1人の名前を書いて箱に入れる。投票所までの道も、投票所に着いても、投票所からの帰り道も毎回、毎回ただ思うことは1つだけ。

『私がだれに入れてもなにも変わらない』

 

今回の都知事選もどうせそうなんだろうと思った。

テレビでは3人の候補者がどうか私に!と言い、その3人の中から適当に1人の名前を書いて来ればいいんだ。

それにしても、候補者は21名。テレビに映るのは3名。とても奇妙だった。

だから余計に、18名の候補者が気になって動画サイトを覗いてみた。

そこには色々な意味でスゴい人がいた。

街宣車の上でゲリラ豪雨を浴び、ビニール傘を何本もダメにしながら演説を続けるかわいらしいラッコのような体つきの桜井誠という人だった。

本当に申し訳ないことに、初めて見た時は演説よりもこの光景がオモシロ過ぎて、てっきり芸人さんなのかと思ってしまった。

しかしその日から毎日、桜井さんの街頭演説を動画で見ていると、

 自分に1票を投じなくても選挙には行きなさい。もし誰に入れたらいいのかわからなければ、たくさん悩んで、苦しんで、よく考えてその1票を投じなさい

というようなことを言っていた。なんだか叱られたような気持ちになった。

私は選挙には必ず行っていたが、悩んで、自分の頭で考えて投票したことなんてなかった。いつもどの名前を書こうか迷っていただけ。動画で見る桜井さんは周りに流されず自分が正しいと思う(あたりまえの)ことを発言する強い日本人だと思った。

期日前投票で今回、私は投票用紙に桜井誠と書いた。

彼の政策のすべてが賛成できたわけではないが、これでも時間をかけて自分の頭で考えたのだ。

投票所ではもう迷いはなく、ただうっかり字を間違えないように名簿を見ながらその名前を書くのに少し緊張した。

翌日の最終街頭演説をリアルタイムの動画で見ると、そこには日の丸を持った人がたくさんいて、そして思い出したのはおばあちゃんの言葉

「日本の日の丸がいちばん美しい」

本当に、素直に、きれいだと思う気持ちと、おばあちゃんのあの言葉の意味がやっとここでわかったような気がして少し泣きそうになった。

おばあちゃんたちがキラキラしていたはずの10代20代は、この日の丸を守るために戦争という時代に捧げてきたんだものね。

 

私は東京都知事選で、桜井誠という1票を投じた。

そこに迷いはなかったし、開票後の今もまったく後悔していない。