叶わぬ恋
人魚姫。
これはかなしい恋の話。
ある日、海の底に住む人魚姫が水面から顔を覗かせると
一艘の船が嵐に巻き込まれ、大きな波にのまれてしまう。
気を失い、沈んでゆく一人の美しい男の子を助けた人魚姫。
彼は、とある国の王子だった。
人魚姫は、王子の意識が戻るのを遠くから確認すると、
また海底へと帰っていく。
しかし、楽しい海底に戻っても、あの美しい王子を忘れることはできなかった。
どうしても王子に会いたかった人魚姫は、人間の脚を手に入れるため、海の魔女のもとへ。
いったん人間の姿になれば、二度と人魚に戻ることはできない。
もしその愛を勝ち得ることができなければ、王子が他の女性と結婚したら、次の朝、人魚姫の心は砕けて海の泡となってしまう。
それに加えて、彼女のその美しい声をも魔女に差し出す、という条件とひきかえに、人間の脚を手に入れた。
ようやく、美しい王子と再会した人魚姫。
しかし、王子には想い人がいたのだ。
それは、あの嵐の夜に気を失ったまま岸にたどり着き、目覚めた時に目の前にいた女性だという。
声を失った人魚姫は、王子を岸まで運んだのは自分だと伝えることができなかった。
とうとう王子は本当のことを知らぬまま、その女性と結婚してしまう。
結婚式の夜、人魚姫のお姉さんたちが波間に姿を現し、取引して魔女からもらったナイフを手渡すのだ。
これで王子を刺せば、脚はくっついて、また人魚として海に帰ることができる。
しかし、人魚姫はそうはしなかった。
眠る王子の額にキスをして、ナイフを海に投げ捨てた。
子供の頃、何度も大人に読み聞かせてもらった。
王子様を殺せば、この子は死なずにすむのに
〈なんておバカさん!〉
いつも、毎回そう思って聞いていたのだ。
長い年月が経ち、本屋で一冊の本を見つけた。ビーズの刺繍の写真が挿絵になっている、とてもキレイな本。
人魚姫だった。
大人になってから改めて読んだこの物語は、子供の時に感じたそれとはまったく別の気持ちが、私の心を埋め尽くした。
〈なんて強い女の子〉
人魚姫は、あの王子の愛しかもう必要ではなかったのだ。
王子を殺して自分の命をつなぐことより、自分の命よりも大切だと思えるひとに出逢えたという幸せを知って、海の泡となることを選んだのだ。
究極の選択だ。
身を焦がすほどの恋なんて知りはしないが、毎日が楽しく平和に暮らす幸せ。
その恋がどんなに自分にとって辛いものであったとしても、
そんな大切なだれかと出逢えたという幸せ。
私には、どちらがより幸せかはわからない。
しかし大人になってから読むこの物語は、その度に涙が止まらなくなってしまうのだ。
そしてこう願うのだ。
この涙にだれかか気づいてしまいませんように。